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藤同高虎の城との関係

藤同高虎とは

生涯ただ1人羽柴秀吉に仕えた加藤清正に対して、藤同高虎は主君を変えています。
ですがそれで主君を変えるたびに、どんどん自分の領土広げ外様大名でありながら32万石の石高を誇ります。
つまり藤同高虎は先見の明があったと言えるでしょう。
最後に仕えた徳川からの信頼は厚く、江戸城の普請を請け負っています。

藤同高虎と城

藤同高虎は建城家として高い評価を得ています。
石垣などの城の外側に重点をおいた加藤清正とは異なり、城内の設計を重視しています。
もちろん防御性に優れ、内部に敵を寄せ付けない直線的な構造は、同時に実用性も高く、暮らしやすい設計になっています。

藤同高虎の城の中でも代表的な城は今治城です。
今治城は瀬戸内海沿いの砂地という地盤の弱い場所に建城しています。
しかし藤同高虎は高い石垣を作り、内部に一切敵を侵入させない工夫が施されています。
現在の今治城には天守は存在しません。しかし元々は存在し、現存する城とは全く異なる建造物なのです。